ベッコウトンボの生息環境

池の構造

相観的環境
 
ベッコウトンボは東北以南から鹿児島県指宿市に分布し、沿海平野の溜池に多く見られます。ベッコウトンボの生息環境が山地よりも平野部にできやすいためでしょう。
上の絵はベッコウトンボの生息頻度が高い浅皿型池の模式図です。池の大部分は1m以下の浅い水深でヒメガマ、マコモ、ヨシ等の大型抽水植物が繁茂しています。

水底の環境

 水底は抽水植物の枯れた葉や茎が幾重にも積み重なった状態になっていて、幼虫の餌となるプランクトン類の発生を促します。
また、多くの隙間は捕食者や共食いの危険を避けるのにも役立っています。

草地

 池は日当たりがよく池の周辺にはススキやチガヤなどの草地環境が広がっています。これらの草地は生殖器が成熟していない前繁殖期の成虫(未成熟成虫)が繁殖期に達するまでの期間を過ごすのに重要な環境です。
 植物の種類はススキ・チガヤが最もよく利用されますが、春先に立ち枯れた状態になる草本類なら幅広く利用されます。茶色に黒い縞模様の体色がカモフラージュに役立つ植物であればいいのです。
またこの草地は、産卵をすませて輸卵管が空になったメスが次の産卵までの間オスとの接触を避けるための場所でもあります。

大型抽水植物

   大型抽水植物にはヒメガマ・ヨシ・マコモ・アンペライ等があります。ヨシは疎らに生えている時だけ、あるいは疎らな水域だけ利用され、繁茂すると利用しなくなります。
 マコモは春先には倒れ伏していることが多く、この状態が水面を覆うようになると生息数は減少します。
 ヒメガマの場合はかなりか繁殖となっても生息数に影響が出ませんが、倒れ伏した枯れ茎が水面を覆いつくすようになると生息数は減少します。原因はいずれの場合も産卵に利用する小水面が不足するためでしょう。

水源 ・ 水位 ・ 水温

   池の水は雨水及び湧水で維持されています。流れ込みがある場合は上流に農業用地が無いことが条件になります。水温は幼虫の餌となるプランクトン類の密度と密接な関係にあると思われます。また、羽化時期の決定にも重要なファクターとなっています。
   羽化を決定するのがいつごろの温度かはよく判りませんが、ソメイヨシノの開花と連動していると感じています。即ち、ソメイヨシノの開花時期が早い年は羽化時期が早く、その逆の時は遅くなります。


  年間を通じて水位変動の少ない池が生息に適しています。上のグラフは大分県中津市の野依新池の水位変動を表したものです。7月から11月までは水位の減少はありません。
 1月に水位が下がっていますが、これは何者かによるいたずらでした。生息エリアでは一ヶ月程度水位が0になりましたが、幼虫の生息には大きな影響はありませんでした。

水  質

  生息池と非生息池ではBOD,COD,PH,N,P,K等の基本的な水質の差は認められません。
 塩分濃度に対してもかなり強い耐性が確認されています。
  大分市6号埋立地の生息地では海水の10分の1程度の濃度ですが安定して生息している状況です。

農薬類

 農薬にはベッコウトンボを直接殺してしまう殺虫剤と直接的にか間接的にかは判らないにしても何らかの影響があると考えられる除草剤や殺菌剤があります。
 私は除草剤が溜池のような小さな生態系に及ぼす影響を強く懸念しています。
 除草剤は動物プランクトンに影響を与えるものと、植物プランクトンに影響を与えるものとがあり、どちらも結果的には動物プランクトンの量が低下して、それを餌とする高次の捕食者の生存数に影響を与えます。
 ベッコウトンボのヤゴは捕食のための徘徊は極めて少ないといわれていますが、この性質はプランクトン量がある密度以上の場合は有利に働き、それ以下の密度になると大変不利に働くはずです。
ベッコウトンボの終齢期のヤゴにとっては大型のダフニアやフサカの幼虫は重要な餌と考えられますが、これらの生息密度が除草剤の一次的又は二次的な影響によって低下するとすれば、ベッコウトンボの生存に大きな影響を与えるはずです。
 農薬の流れ込む池で、まず最初にベッコウトンボが居なくなるのはこの事が原因ではないかと考えています。
 この考え方にたてば、埋立地で見られる急激な個体数の増減もプランクトン量が安定していないために引き起こされると説明できます。

その他
 
水中植物としてはタヌキモ類が繁茂している場合が多く見られますが、これはタヌキモの餌となるプランクトン類の生息密度が高いことを示唆しています。
 また、浮葉植物としてはヒツジクサ・ガガブタ・ヒメシロアサザ・ヒルムシロ・ジュンサイ等が見られます。
 このような典型的なベッコウトンボの池は築造以来数百年を経た池に多いのですが、その一方で大分・山口・福岡の海浜埋立地に見らた例では、水溜りが出来て5年〜10年程度のヒメガマやヨシ等の繁茂する止水にベッコウトンボが多数発生し、大分市のように定着してしまった例もあります。